Viva La Vida Or English And All Globalizations
Coldplayの新作『Viva La Vida Or Death And All His Friends(邦題: 美しき生命)』が素晴らしい。
前作『X & Y』を聴いた時はピンとこなかった。というか本作があまりに良いので聴き直してみたけどやっぱり良さがわからなかった。しかし本作はスゴイ。良質な古典小説を読んでるような聴きごたえ。ドラクロワのジャケにも全然負けてない。
U2っぽいなーと思ったらプロデューサーがBrian Enoで超納得。
iTunesのCFでおなじみの『Viva la Vida』がやっぱ一番イイ。
http://www.youtube.com/watch?v=O3mYc1m3lsM
“I used to rule the world
Seas would rise when I gave the word
Now in the morning I sweep alone
Sweep the streets I used to roam”
と歌詞は始まる。“used to”の響きが物哀しさを増幅している。
ここで、かつて王だった「私」はひとりで通りを掃除してるワケだが、ここでのsweepは、掃討するsweepにもかけてるんだろう。もしかしたらこの通りでかつて王は敵を掃討したのかもしれない。のどかな早朝の掃除と殺戮のシーンがクロスフェードする。
“I used to roll the dice
Feel the fear in my enemy's eyes
Listen as the crowd would sing:
"Now the old king is dead! Long live the king!"”
ここでも賽の目と怯える敵の目がクロスフェードする。盤の上のゲームのスケールと、熱狂する人民のスペクタクルのコントラストは、しかしかつての王にとっては同程度にたやすく操れるものだったのであろう。
“One minute I held the key
Next the walls were closed on me
And I discovered that my castles stand
Upon pillars of salt and pillars of sand”
このへんからあからさまにキリスト教っぽくなってくる。『創世記』でロトの妻は塩の柱になったし、『マタイ福音書』には有名な“地の塩、世の光”なんて言葉もある。Aメロの“Seas would rise when I gave the word”も、もしかしたらノアの洪水の含みがあるのかも知れない。
“I hear Jerusalem bells a ringing
Roman Cavalry choirs are singing
Be my mirror my sword and shield
My missionaries in a foreign field
For some reason I can't explain
Once you go there was never, never an honest word
That was when I ruled the world”
そして全開。
エルサレム、鐘、クワイア、鏡、剣、盾、宣教師とキリスト教アイテムが目白押し。
ここでわからないのが、“Once you go there was never, never an honest word”で突然出てきたyouが誰なのか? neverを2回も繰り返すくらいだからよっぽど王に影響力のある人だったのだろう。
ここでちょっと英語の考え方についてふれてみたい。美少女が目を潤ませながら
「I were meant for you(私はあなたと出会うために生まれてきたんだわ)」
と言ったとしよう。“were meant for~”は受動態である。ということは、誰かがmeantさせた、つまり能動者がいるということである。それは誰か? Who meant I for you? という疑問が立ち上がる。
主語は「運命」であり、それはつまり「創造主」のことである。
このように、英語とキリスト教は不可分だ。
このような観点から考えて、前述のyouはやはり創造主なのではないかと思う。つまり、『Viva la Vida』は、王を主人公に据えていると見せかけて、神をテーマにした賛歌なのではないか。
さらに決定的なのが、主人公がemperorでなく、kingであるという点だ。皇であろうとするならば、神の系統でなければいけない。力による統治は帝にはなれても皇にはなれない。だからこそ、徳川家康は天皇の血筋を受け継ぐ者としての証拠が欲しくて、新田源氏の系統であると偽装工作したワケだ。
最近、英語やコンピュータ技術を勉強してると、これらはキリスト教と不可分なんだなーと思える点が色々出てきて面白い。
そして、こんな内容の歌を極東のオッサンが感動しながら聴く状況ってのが、良くも悪くもグローバル化、というかアングロサクソン・スタンダード社会であるなぁと改めて思ったりする。